2026.01.20
こんにちは、みーです。
きのうのつづきです。
土曜の夜に起きた
電車の人身事故により、
中2の長女が
通常より1時間以上かかって
帰宅したことを書きました。
さらに、
翌朝の日曜日に
39度越えの発熱をしたことから、
”この事故はこのためにあったのかも・・”
そんなふうに
月曜日の朝になってふと気づいたことを、
今から書いていきますね。
そう、きのうの月曜日の朝。
ほんとうにふと、
おふとんをたたみながら蘇ってきたこと。
それは、
長女が5歳(年中)のときに
夫と次女と3人ででかけた公園で
夕闇がせまる時刻に
ひとり公園からいなくなった日のこと
でした。
まさか、あのときのことが
急に思い浮かぶとは・・
ふとんをたたんでいるときは
土曜日の夜のことや、
長女のことなんて
1ミリも考えていなかったのに。
(まじで無心でたたんでた)
・
・
・
あの9年前の日。
当時5歳だった長女は、
夫と当時2歳の次女と、
家から2キロ離れた
公園へ遊びに行っていて。
私が夕食をつくる間、
夫が連れだしてくれていて、
ひとり自宅で
夕食をつくったり、
ふとんをしいたり、
お風呂を沸かしたりしていたとき、
事件は起きました。
もう帰ってくるかなと
思ったころ、
夫から
「ごめん、長女を見失ってしまった。」
「探したけど見つからない」
というLINEがきて。
結局その日は、
警察とママ友と
私たち夫婦で探した結果、
長女は18時すぎに
近所のママ友に
自宅近くで保護されたのだけれど・・
(いつもママチャリで行くルートを
覚えていたみたいで帰路につくところを
発見されました)
あのときも翌日、
高熱を出したんですよね。
長女の後日談によると、
夫がよちよち歩きの次女を追いかけて
彼女の目線のとどくところから
離れた時間を、
”一人置いて帰られたのかもしれない”と
勘違いをしてしまったそうで、
帰らなきゃと走りだしたと。
途中、おばあさんに
”ひとりで大丈夫?”と言われたけど
知らない人に話しかけられても
近づいちゃいけないと
ママから言われているから、
返事はせずにひとりで走って帰って来たと。
・
・
・
これは、
私のなかで
”長女行方不明事件”として、
今も鮮明に思い出せるできごとで。
同時に、
自転車でなく車で探しに出てしまったこと、
(自転車でいけばもっとはやく
彼女がいたことに気づけたのに)
知らない人についていっちゃいけないという
雑な教え方をしていたこと、
(その後、こまったときに頼っても
大丈夫な人を教え直すことにした)
など
いろんな罪悪感や
自分責めとともに、
消化しきれていないことでもあって。
まさかふとんをたたんでいた
2026年の1月19日の朝の私に、
9年前のできごとが
急に蘇ってくるなんて・・。
直感的に、
「わたしは、
あのころの不安や心細さや
絶望感や苛立ちを処理しきれていないんだ」
「これは、そのときの
心情を消化したいっていう自分からのサインだ」
そう、感じました。
なぜ、こんなふうに思ったか。
当時、長女がいなくなったという連絡を
夫から受けて、
わけがわからず、
凍りついたあの時のわたしは、
咄嗟に出て来た
”なんで?!なんで夫がついていながら、
こんなことになるの?!”
という、自分の絶望する声に、
”でも夫は、わたしがゆっくり夕方の家事を
できるようにっていう思いやりから
連れ出してくれたんだから責めるのは違う”
そう、
瞬時にフタをした覚えがあるから。
あのとき、
とてつもなく大きなショックを
受けながらも、
”今夫を責めてもしかたない”
”それより情報を集めて手立てを”
”まずは冷静にコンロの火を消して、とじまりをして、
周りにも助けを求めて・・
それをやりながら一刻も早く、探しにいかなきゃ”
そんなふうに判断して。
すぐに夫をはじめとした
いろんなところに連絡を打って、
動きはじめて。
夕やみが迫る時間帯で、
窓の外はオレンジ色から
群青色に変わりそうになっていく中。
”何で今こんなことに!!”っていう
おかしくなりそうなほどの動揺、
料理していた台所から見える
和室にひいた小さなふとんが目に入った時の
”あのふとんに今晩彼女が
もどってこないなんてことになったらどうしよう”
っていう
迫りくる恐怖感や
”わたしなら公園で絶対に2人とも
見ているのに!!”と
夫を責めたくなるくらいに、
何をどうしても、
私がこの人たちを守らなければならないっていう
自分にかけ続けているものすごい重圧。
それを感じたら
とてもじゃないけど
自分が崩れてしまいそうだから、
夫からのLINEを見た瞬間に、
ぷつっとその想いを切断した。
とにかく、冷静に。
そうやって閉じ込めた感情たちが
まだ私から出せてもらえずに、
胸のなかでくすぶってる。
そんなことに、気づきました。
重い話になってしまったけれども、
わたしはいつも、
自分や他人を責めるという手段で
自分のやりどころのない感情を、
いったん外に逃がしていたんだと思います。
そんな感情が
いっぱいあるんだと思う。
当時のわたしには、
感情を感じきる余裕がなかった。
だから、切断するしかなかった、
あのときの最善だったのだろうなと。
だから、8年前に
育児や夫婦関係でドン詰まり感を
感じたとき、
最初に感動して
しばらくどっぷりと浸かった学びが
”感情”を感じて、
その奥にある願いにたどりつく、
という手法だったのかもと
今になって、思います。
そして。
その手法を学びに行ったときに
同時に”人の発達”についても聞いていて
覚えているのが、
”人はとりもどしに、来た道をもどる”
っていうような話。
成長発達の過程で、
どこかの段階を飛ばして大人になっても
必ずそこは戻って獲得しに、
いくそうなんですね。
その話をまた自分に重ねて、
ああわたしは、
人生の色んな落とし物を
回収しにいってるんだな・・
そう、感じました。
今尊敬していて、
セミナーなどを受講させてもらっている
しーくん(椎原崇さん)も
先日同じことを言っていて。
”無視して進んでいっても必ず引き戻される”
って言っていたなあ・・と。
それだけ、人は
自分本来の道を生きたいと
根源的な願いだと思うし、
そのために必要なことは
自分が気づいてくれるまで
何歳になろうと、
ちゃんと取りにもどるんだな・・と
生き物としての叡智に、
その過不足のない根本的な美しさに、
とてもとても、
感じ入るものがあります。
1月に入ってから、
心乱れたり、
なんとなしに
不安感をいだいたりと
そんな時間が多かったのですが。
それはきっと、
ここに書いたこと以外にも、
自分に封印されていた
自分の叫びやSOSを
出してあげる時間だったし、
出し切ってあげることで
次にすすむスペースを
空ける時間だったんだろうなと
感じています。
まだまだ出そうな気もしますが。
焦らず出し切って、
そのとき見てほしかった
自分をちゃんと迎えに行って、
わたしの中にいる、
わたし全員で、
あたらしい未来に向かいたいなと
思います。
何度も自分が言ったりしてきた、
”だれ一人置きざりにしない”という言葉を
ここでいったん、
回収していくんだなと思うと、
よかったなと、
とてもほっとしている私がいます。
もし今あなたにも、
うまく言葉にならない
胸のざわつきや、
理由のわからない
揺れがあるなら、
それは私が体験したような、
置き去りのままの自分を
迎えに行く途中なのかもしれません。
あなたは、
あなたが迎えにきてくれるのを
ずっと、待っています。
そんな深い安心感から、
あなたの本丸の人生は
少しずつ、
動き出すのだと思います。
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