2026.01.23
「心配」と「かわいそう」の下で私に起きていたこと
こんにちは、みーです。
あれは、
お正月に実家に帰ったときのこと。
父が
「心配だから」
「かわいそうだ」
そう言うたびに、
私は苛立ちを感じていました。
「は?!ふざけんじゃねー」
「お前の安心のために、孫を使うな」
「孫にまで被害を及ぼす気か?!」
「嫌だとか辛いって、子ども自身が言った?
かわいそうなんて、余計な呪縛かけんなよ」
心配、かわいそう。
悪気がないのはわかる。
きっと愛情なのだろう。
が、が、が!!!
この言葉を聞くたびに、
まるで急に除草剤をかけられた、
道端の草みたいな気分になるんです…
ナチュラルに、
生きる力を奪われていくような。
尊厳を奪われていくような。
・
・
いきなりべらんめえ口調ですみません。
でも、
この言葉に反応する裏には
怒り以上にものすごい、
深い悲しみがあるんですよね。
心配だ、
かわいそうだ、
そんな言葉を無意識に浴びるうちに、
「わたしって力がおよばないんだな」
「弱い存在なんだな」
そんな、
うまく言えないけども、
必要以上に自分という存在を、
下に下に見積もるようになっていった、、
そんな気がするから。
・
・
愛情ってやつは、
悪気がないだけに、
やっかいです。
そしていつのまにか
父と同じ目線で、
誰かの尊厳をナチュラルに
傷つけている自分もいることも、
イヤです…(抵抗中)
・
・
「守りたい」とか
「責任をもちたい」とか
そういうパワーって
間違えると、
愛情を与えてるつもりが、
相手の生気をうばうなって感じてます。
今日はそんな自分の怒り(悲しみ)と
それに反するように
誰かを支配しようとする自分
両方の存在に気付かされる出来事があって、
やっぱりな…っていうショックとともに、
よかったなぁ…って思いました。
不思議なんですけど、
イヤなんですけど、
よかったなぁ…なんですよ。
この気づきとか
苛立ちとか
悲しさとか
願いを、
今は見守りたいと、思います。
~~
追伸:
今日は尊敬している
しーくん(椎原崇さん)の
講座フォローのグルコンに参加していました。
そこで浮かんだ感覚を、
書き留めておきたくて
熱いうちに置いておこうと思います。
自分の熱量がめちゃめちゃ乗る言葉、
「心配」と「かわいそう」に、
アフターのお茶タイムで
気づいてしまったのでね。
~~