2026.03.24
こんにちは、みーです。
(みーちゃんと呼んでください^^)
45歳のお誕生日を迎えた、今朝のこと。
神様のはからいか、
偶然マンションが日中断水になった父母が、
うちに来ることになり、
お正月以来のまとまった時間を、
一緒に過ごすことができました。
他言してこなかったことですが、
うちの母には少し前から、認知症の症状が出ています。
短期的な記憶が持ちづらく、
同じことを何度も聞いてきたり、
孫である私の長女を、
わたしだと思って話したこともあったそうです。(長女談)
まだ70代前半と若い分、
それを父から知らされたときはとてもショックだったし、
これからどうなっちゃうんだろうという不安や、
どうにかして進行を遅らせなければ
(あわよくばもとに戻さなくては)という気持ちが、
聞いた当初は、
ブワッと押し寄せてきてワタワタとしていました。
でも発覚から3か月ほどの時が流れてみて、
「症状を遅らせること(元に戻すこと)が
彼女の幸せなのだろうか」
そう思うようになりました。
父によると、母はまだ症状のことを
受け入れきれてない状態みたいで。
本人がそれを受け入れていて、
どうにかしたいと言っているのなら
そこに協力したいなと思うけど、
本人が自分のいまを受け止め切れない状態なら
わたしが先走るのは違うな・・って。
受け止めきれないけど、なんとなく気づいている
そんな「今」の母といっしょにいたいなと
思うようになりました。
*
受け止めきれないっていうのは、
受け止めるのが怖いのかもしれないなと、思います。
自分はこれからどうなるのだろうか、
大丈夫だろうか、
大切な人や事を忘れたくない・・
きっと母にしかわからない、
いろんな気持ちがあるんだと思います。
それをまだ互いに共有する地点には至れていないけれども、
少なくとも、
”何かしらの受け入れがたさがある、
それは、受け入れる不安からかもしれない”
これくらいの想像をすることはできる。
それに対してわたしができること・やりたいこと
を考えてみると、
その”受け入れがたさ”を持ちながらも
日々を生きる母といっしょにいるっていうことだなと、
思ったんです。
*
今日は、次女が早帰りだったので、
次女とわたしと父母と4人でボードゲームをしたんですけど、
もうほんっとおかしそうに爆笑している母がいて
なんかよかったな、って思ったんですよね。
父とは楽しそうに暮らしている母ですが、
ふだんふたりだけの生活だとこんなに声を上げて笑うっていうこと
なかなかないんじゃないかな?って思うし、
母が好きなボードゲームって
父とふたりじゃできないですから。
全てのものは、常に変化している。
それは頭ではわかっている。
でもそのいっぽうで、
大切な人や大切な日々には、
できれば変わらないでいてほしいと願ってしまうこともある。
だからこそその不確かさの中で
「今」を選びとろうとするときに見えてくるものが、
“その人が人生でいちばん大事にしたいこと”
なんだろうなと、
思うのです。
今日わたしは、
母が声を上げて笑っている姿を見ながら、
自分にとっていちばん大事なのは、
声を出して笑えちゃうほど楽しい時間なのかもしれない
そんなふうに感じました。
(そういえば、長女の名づけのときにも、
この願いは名前に込めていたのも思い出しました)
あなたが人生でいちばん大事にしたいことって、何ですか?
それを大事にできていると
すくなくとも自分だけでも思えるように今を過ごせていたら、
きっと10年後、20年後は
もっと充足感に満ちている日々なんじゃなかなって思った、
今日という一日でした。
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