【みー】いつだって自分史上最高の私へ。

2025.11.18

次女の「再学習」が希望でしかなかった話②


こんにちは、みーです。


きのうの続きです。




原始反射の統合の学び、
のシェア会から帰宅して、

「再学習」っていう言葉に
希望を感じて
もっと身体からのアプローチも
知りたいなと思っていた矢先。




日曜日に次女が突然、

「ママ、わからなかったことが
わかるって楽しいね!!」

とめちゃくちゃ
ハリのある声で言ってくるではないですか。




おお、やっとその面白さに
気づいたか!!とうれしくなって

それに気づく前と
気づいた後って
どう自分が違うと思う?

って聞いてみたんです。



ちょっと考えた後に次女は

「ちゃんとわかるまでやってみたのが
違ったと思う」って。




「ちゃんとやった」とは
塾の課題のことなのですが。

算数が難しいらしくて、
以前は答えを写して終わりとしていたり、
わからないものはそのままに
していたんですよね。


👆
そんな彼女の様子には気づいていたので
先生に相談して
ゆっくり解説してもらうようにしたり、

写したい気持ちはわかるから、
それが起きたときに
私や長女や身近な人にちゃんと聞いてもらう

こまめに机に向かえるように
声をかけたり計画したり
っていうことを少しずつしていって

「わからないものをそのままにしない」

っていうことを
数週間いっしょにやってきました。




で、こちらの狙いとしては
「ちゃんとやれば結果が出る」だと
最高だな~なんて思ってたんですけど、

まあそんな甘いことはなくw
テストはちゃんとやって行く前と
さほど変わらなかったんですよね。


でも、2~3問は
一緒に振り返った問題がちゃんと解けてて
それは「わからないからめんどくさい」の
向こう側に行ったからだよ、

なんて話していて
本人もここはやっていったからできた!
なんて話していました。




こんな経緯があって

日曜日には
なんと私や長女をつかまえることなく

わからない

授業で取ったノートを見る

思い出してやりなおしてみる

自分ひとりでもできた!

っていう体験が
できたみたいなんですよね。




台所にいたら
カウンター越しに
とつぜんうれしそうに叫ぶ声がして。

ああ、ひとつ自分の手で
自分の記憶を書き換えたなって思いました。


「わからない=つまらない、めんどくさい、辛い」


こうなっていた記憶のループを


「わからない=これからわかる可能性とわかる喜び」
に自分の手で書き換えた。




これは原始反射とは違うけど
わからない問題に出会ったときに

反射的に避けるとか写してやったテイにするとか
そういう自分のもっていた
行動パターンを変える一歩にはなったんじゃないか、

そう思います。





このうちでおきた一コマが、
私には次女なりの「再学習」に見えて

すごく希望に感じました。


日曜日にお出かけしたときに
「知らない食べ物より知ってる食べ物がいい」
「新しいお店に入るより知ってるお店に
くりかえし入りたい」

そう言っていた次女。



それは好みの問題でもあるけれど、
「新しいものはちょっと不安」その度合いの
強さを示しているものでもあるし

そういう自覚がある人だからこそ、



「わからないは避けるべきもの」
から抜けたイチ体験を
自分の手でつくれたことは

きっとこの先の彼女の人生のどこかで
彼女を大きく支えてくれるんじゃないかと

思っています。




自分の行きたいほうへ
「学習」したものを書き換えていけるって

自由だな、希望だなって
ほくほくした時間のシェアでした。




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